スレチガイ、ドヨウビ――前編――
※この作品は、連載作品「君の瞳に完敗。」の番外編となっております。
時系列的には#37とちょうど同じくらいの時期です。
*
「打ち上げ?」
「そ、体育祭のね。テストだったからできなかったでしょ。今週の土曜、みんなでカラオケ行こうっていう話なんだけど、風華も行く?」
初夏の風が吹き抜ける、6月中旬。教室内はテストが終わって一段落といった雰囲気だ。
そんなある日の昼休み、私は友達の真由にそんな話を持ちかけられた。
「行くっ」
「やった。アンタが来るっていうと、男子、あと5人は来るわね。こういうのって人数多いほうが楽しいし」
「そ、そんなこと……」
「そうなの。風華って、男子に人気あるんだから。小さくて可愛いって」
真由はそう言っていたずらっぽく笑い、手元のメモ用紙に『風華○』と書き込んだ。
なに言ってんのよ、真由ってば。私が男の子に人気あるはずないじゃないの。私が怒ったような顔をすると、真由はまたいたずらっぽ
く笑う。
「そんな顔しないの。アンタには大好きな響ちゃんがいるって、ちゃーんとわかってるから」
「真由っ!」
「いくらモテても響ちゃんがいいんだもんね?あーあ、山崎かわいそー」
「……山崎くん?」
いきなり名前が出てきたから、一瞬、誰だっけなんて思ってしまう。
山崎くんって……あの山崎くんだよね?うちのクラスの。サッカー部で、背が高くて、かっこよくて、優しくて……。とにかく、少
女マンガのヒーローみたいな人だ。
「あれ、風華、知らないの?」
「なにが?」
なんの話かまったくわからない。私、山崎くんとは特に仲がいいわけでもないし……。
「当人が知らないんじゃ、しょうがないわねえ……」
「だからなんの……」
「山崎、風華のこと好きなの。もうみんな知ってるわよ?」
「え、ええ?!!」
びっくりして、思わず大声を上げてしまった。クラス中が私と真由に注目する。
「……驚きすぎ」
真由が苦笑する。教室にいた人たちもクスクス笑っているから、恥ずかしくてたまらない。
「だ、だって、そんなこと、ありえないもん」
「甘いわねー。アンタ、自分がどれだけモテるか知らないでしょ」
「……モテないし」
「それはまあ、遠くから見てるだけで幸せって男子が多いってことでしょ。ま、山崎の場合は違うみたいだけどね。いろんな人に言っ
てるみたいよ」
なに言ってんのよ、真由ってば。私、本当にモテないし。告白されたことだってほとんどないし。
そもそも私って、他の男の子に目を向けたことがほとんどない気がする。小さいときからずっと、響ちゃんに憧れてたんだもん。
「そうそう。山崎、風華に彼氏がいるって知らないみたいよ?面白いから誰も言わないんだって」
真由が本当に面白そうに言う。……ていうか、なによ、それ。
山崎くんが本当に私のことが好きだなんて、もちろん信じてないけど。だけど、もし本当だとしたら、すごいことだよね……。
響ちゃん以外に興味がない私でも、山崎くんはかっこいいなって思う。あんまり接点はないけど、優しい人だし。
「もったいないわねー。あの山崎を振るなんて。あー、もったいない。むしろ、あたしにちょうだい」
「……そんなこと言って、哲平くんがいるくせに」
哲平くんの名前を出した途端、真由の頬がみるみる赤く染まっていく。
「あ、真由、顔赤い」
「うるっさいわね!だいたい、なんで哲平なのよ!」
「なんでって、真由の彼氏だから」
真由の彼氏の哲平くんは隣のクラスで、陸上部だからすごく足が速い。顔もかっこいいから、みんなの人気者だ。
「……風華、最近、生意気よね」
「いつもからかわれてばっかりだから、たまに返さなくちゃ」
哲平くんは本当に真由を愛してるって感じで、たまにうらやましくなる。私だって響ちゃんに愛されてるもん……なんて思おうとする
けど、イマイチ確証がないし。
高校に入ってから忙しそうだし、雰囲気も違ってきて、少し近寄りがたくなった気がする。会ってはいるけど、回数も減っちゃったし
な……。
私と付き合ってくれてるのは、もしかして、惰性?―――なんて、思っちゃダメだよね。そんなこと。
人それぞれ、愛し方なんて違うんだから。響ちゃんだって、私のこと、好きでいてくれてる、よね?
不安になることは少なくない。高校生から見たら中学生なんて子供だろうし、そのうち相手にしてくれなくなるかもしれない。去年ま
では同じ中学生だったのにな……。そう思うと、なんだか寂しくなる。
―――素っ気ないなりに、もうちょっとだけ、愛してくれないかなあ。
そんなことを考えながら、今日は響ちゃんの家に押しかけることに決めた。テストも終わっただろうし、少しくらい、いいよね。
*
『響ちゃんの部屋に押しかけます』ってメールを送ったら、ちゃんと『了解』って返ってきたから、午後7時、私は響ちゃんの部屋に
押しかけた。
ちゃんと早めにご飯食べて、シャワーも軽く浴びてきたし。会うの久しぶりだから、気合い入っちゃったな……。
「響ちゃん、久しぶりだね」
「そうだっけ」
「そうだよ。お互いテストで会えなかったもん」
「まあな」
……相変わらず、素っ気ない。いや、いいんだけどね。もう慣れたから。
久しぶりの響ちゃんの部屋は、少し雑然としていた。テストが終わったばかりだからまだ片付いてないみたいで、机の横に教科書やプ
リントが積み重ねられていた。
二人で床に座る。あんまり離れていると寂しいから、ちょっと近づく。久しぶりに会ったから、もうちょっとくっつきたいなあ、なん
て思う。
「お前、シャワー浴びた?」
「えっ」
響ちゃんが私の髪をぎこちなく撫でる。緊張してるなっていうのが伝わってきて、嬉しくなった。
「いい匂いする」
「そう?」
「うん……」
響ちゃんが私をそっと抱きしめて、頬にキスしてくれる。久しぶりだっていうのもあってか、いつもよりドキドキした。
「響ちゃん、大好き」
私は響ちゃんの胸に顔をうずめて、呟くように言った。私、ホントに響ちゃんのこと大好きだなあって、こういうとき実感する。
「……俺も」
またぎこちない。だけどそれが逆に可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
ちゃんと、愛してくれてるよね?不安になること、ないよね?だって、こうして抱きしめてくれるんだもん―――。
「なあ、風華」
「なに?」
私は響ちゃんの腕の中で返事をする。あったかいなあ。できれば、ずっといたい気がする……。
「今週の土曜、空いてるか?」
「えっ」
私は小さく声を上げた。今週の土曜って……打ち上げ、だよね?
「予定ある?」
「……あ、あの……クラスの、打ち上げが……」
響ちゃんからデートに誘ってくれることなんて、めったにないのに。
どうしよう。打ち上げ、断っちゃおうか。でも、真由がっかりするよね。一度行くって言っちゃったし……。
「打ち上げ?」
「う、うん。体育祭の。クラスみんなでカラオケ行こうって話で……」
「あ、そう。それならしょうがないか」
響ちゃんがあっさりと言って、私を離す。頭をがしがしと掻いて、一瞬、困ったような顔をしたように見えた。
「ごめんね……。あの、来週なら」
「来週は補習だから」
「……そうだよね」
響ちゃんの通ってる岸浜北高は進学校だから、『進学補習』なるものが存在する。まだ1年生なのに大変そうだなあっていつも思う
もん。
「どこ行くって?」
「あ、カラオケ。駅前の」
「ふーん。あの辺、たまに変なヤツいるから、気をつけろよ。まだ子供なんだから」
響ちゃんが素っ気なく言って、立ち上がる。『そろそろ帰れ』って雰囲気だ。
―――まだ子供?なによ、それ。
さっきの響ちゃんの言葉が引っかかる。なにも、あんな言い方しなくたっていいじゃない……。
「……子供なんかじゃないもん」
座ったまま、私は思わず呟いた。
「え?」
「子供なんかじゃないもん!」
私は立ち上がって、響ちゃんの部屋を出た。階段を駆け下りて、「もう帰るの?」と玄関に顔を出したおばさんに「お邪魔しました!」
と言って、外に出る。
家が隣だから、帰ってくるのが楽だ。
私は帰って来るなり自分の部屋に飛び込んだ。電気をつけて、気分を晴らそうと大好きな音楽をかける。
私って、響ちゃんにとっては、いつまでも子供なのかなあ……?
付き合ってもうすぐ1年経つ。付き合うまでは私のことを妹みたいな存在として見ていた響ちゃんも、付き合ってからは女の子として
見てくれているような気がして、嬉しかった。
だけど、それも私の思い込みだったのかな。響ちゃんはいつまでも、私のこと、妹としてしか見てくれないのかな……。
切なくなって、思わず涙が込み上げてきた。悔しいけど、我慢できなくなって泣いてしまう。
響ちゃんは私を、『女の子』として、好きでいてくれてるのかな―――。