スレチガイ、ドヨウビ――後編――
*
「あ、風華、来た来たー」
午前11時、南沢駅西口。私が着いた頃には、もうたくさん人が集まっていた。
「アンタ来ないかと思って、焦っちゃった」
「ごめんごめん」
「風華目当てで来た男子多いんだから、ちゃんとしてよね」
真由が冗談っぽくそんなことを言う。
打ち上げ、結局来ちゃった……。
あれから響ちゃんから連絡はなくて、私からも連絡しなかった。気まずいままだったけれど、打ち上げはやっぱり参加することにした
のだ。
「アンタの私服、相変わらず可愛いのねえ」
「え、そうかな。普通じゃない?」
ピンクのスモックブラウスに、膝上くらいのチェックのスカート。それにミュール。髪型はいつもと同じ。
「……変?」
「んなわけないでしょ。ほら、そんなに可愛いカッコしてるから、山崎がこっち見てる」
真由が可笑しそうに言って、山崎くんを指差す。確かになんとなく、こっちを見てるような気はするけど……気のせい、だよね……?
「みんな集まったみたいだし、行こっか。ほら風華、さっさと歩くっ」
「え、え?」
真由がいきなり私の背中を押したから、思わず転びそうになってしまう。そんな私の様子を見て、クラスの子たちが一斉に笑う。
「……こういう反応がカワイーって、ウケんのよ」
「真由、やめてよね。恥ずかしいんだからっ」
「はいはい。じゃ、みんな集まったみたいだし、行こっかー」
真由が大声で言うと、みんなから「はーい!」という元気な返事が返ってきた。
「神崎」
カラオケに向かってみんなで歩いていると、いきなり背後から話しかけられた。振り向くと、そこには山崎くんがいる。
「あ、山崎くん……」
「これから、2人でどっか行かない?」
「……え?」
いま、なんと?そう聞き返す間もなく、山崎くんが私の手をぎゅっと握って、「ちょっと抜けるねー」と男子に向かって大声で言う。
「ちょっと、山崎く……」
「山崎ぃー!がんばれよーっ」
男子数人が大声でそうはやし立てる。それに便乗して女子も「風華、がんばってねーっ」と大声で叫んでいた。
な、なによ……これ……。ていうか、私に彼氏がいるってこと、みんな、知らなかったっけ……?
どうしていいかわからずにただ呆然としていると、山崎くんに手を引っ張られた。
「どこ行く?」
「あ、あのね。私べつに、こういうのは……」
「俺、神崎のこと好きなんだよね。だから、一日くらい付き合ってよ」
「でも……」
振り向くと、ほぼクラス全員がこっちに向かって手を振っている。……今さら戻れる雰囲気では、ない。
「な?頼むよ」
「……うん」
私はしぶしぶ頷いて、「でも手は離してね」と柔らかく言った。好きじゃない男の子と、手なんか繋げないもの。
「残念だけど、しょうがねえか。神崎が付き合ってくれるだけ、よしとしないとな」
山崎くんは屈託のない笑顔を私に向けた。思わずドキッとしてしまう。
……やっぱり、すごく、かっこいいよね……。
一日くらいなら、いっか。こんなところに響ちゃんがいるはずもないし。
こうして、私は一日、山崎くんと街を歩くことになってしまったのだ。
「俺、神崎みたいな可愛い子と、一緒に歩いてみたかったんだよなー」
歩きながら、山崎くんが本当に嬉しそうに言う。
「可愛いなんて、そんな」
「またまたー。俺の友達で神崎のことイイって言ってるやつ、何人もいるぜ?性格いいし、かわいーって」
褒められるのに慣れてないから、どう返事していいかわからない。とりあえず「ありがとう」と小声で返す。
「そんな子と二人で歩けるなんて、幸せだよ。ちょっと強引だったけどな」
山崎くんが苦笑する。すごく褒めてくれるから嬉しい。だけど、やっぱり、なにか違う気がする。
いつも私の隣にいるのは、山崎くんじゃない。だから違和感があるのかもしれないけど、やっぱりなにか違う。
「どっか行きたいところでもある?付き合うぜ」
「ううん、特に。山崎くんが行きたいところでいいよ」
答えながら、頭では別のことを考えてる。不安ばっかりが募る。他の男の子と二人きりで歩いてるなんて、やっぱり、ダメだよね……。
「あ、あのさ。さっき、すげえ軽く流されたんだけど」
「うん?」
どうしよう。でも、一緒に来ちゃったし。カラオケに戻るわけにもいかないし。ここで帰るなんて言ったら、山崎くんに失礼だし。
「俺、神崎のこと、好きなんだ。だから―――」
「……風華?」
えっ?
聞き慣れた声がしたような気がして、思わず顔を上げる。いま、聞こえたよね?山崎くんとは違う声で、「風華」って―――。
「お前、なにしてんだ?」
目の前には、なんと。
「きょ、響ちゃん……?!」
文字通り、響ちゃんが立っていたのだった。
「お、桐島、彼女の浮気現場を目撃ーっ」
「だから言っただろー?こんな可愛い彼女、ほったらかしにしちゃダメだって。なあ?」
響ちゃんの両隣でそんなことを言ってるのは、たぶん響ちゃんの友達だろう。
「風華、お前、打ち上げなんじゃねえの?」
「あ、うん。そうなんだけど、いや……その……」
「俺に嘘ついてまで、他の男とデートしてんの?」
「そうじゃ……なくって……」
どうしよう。これじゃ完璧に、私が浮気してるみたいだよ……。だって、言い訳できないもん。
どうすればいいんだろう。どうしよう。どうしよう―――。
私が泣きそうになってると、突然響ちゃんが、私の腕をがしっとつかんだ。
「響ちゃ……」
「お前、ちょっとこっち来い。そんで、木村たちは好きなとこ行け。俺、もうたぶん戻ってこないから」
「あーい」
響ちゃんの友達二人は元気よく返事して、「どうすんだろうな、桐島」と面白そうに囁き合っている。一方、山崎くんは、なにがなん
だかわからないという顔で呆然と立ち尽くしていた。
「あ、あのっ、山崎くん、ごめんね!カラオケに戻っていいからっ!」
私は山崎くんにそう言った。本当に、心から申し訳ない。
響ちゃんが私の腕をぐいぐい引っ張る。どこ行くんだろう。そう思ってたけど、方向的に、うちに帰るみたいだ。
「……響ちゃん」
「……」
「……さっきの、別に、そういうわけじゃなくて」
「……」
涙が滲んで、目の前がかすんできた。響ちゃんはずっと無言で、私の言い訳を聞く気もないみたいで。
―――別れようって言われちゃう。どうしよう。私、響ちゃんに嫌われちゃったよ……。
いろんなことを考えて、頭がパンクしそうになった。涙がぽろぽろ零れてきたけど、響ちゃんがせわしなく歩くから、拭く暇もない。
どうしようもない女の子、って思われちゃったよね。浮気なんて、最低だもん。でも、浮気なんかじゃないんだよ。本当に。信じてく
れないかもしれないけど……。
響ちゃんは、自分の家の前で立ち止まった。鍵を開けて、短く「入って」と言った。
静かに階段を上っていく響ちゃんの後について、私も静かに上っていく。おばさんはいないみたいだ。仕事に出てるのかもしれない。
来慣れた響ちゃんの家。もう来ることもないのかな、って思うと、また涙が込み上げてくる。
部屋に入って、パタンと戸を閉める。とりあえず信じてもらえるなら信じてもらおう。そう思って、私が「あの……」と言葉を言いか
けた、そのとき。
響ちゃんが私を後ろからぎゅっと抱きしめて、「風華」と耳元で切なそうに囁いた。
「きょ、響ちゃん……?」
「……ごめん、俺、嫉妬したんだ」
私を抱きしめたままそう言う。私は響ちゃんがなにを言ってるのかよくわからなくて、「え?」と聞き返すことしか出来ない。
「クラスで、打ち上げあるって言ったろ?だから、男子も来るんだよなって思ったら……嫌で、変なこと言った」
「響ちゃん……」
「……心配でたまんなかったから、友達と、あの辺うろついてたんだよな。そしたら、風華と他の男が一緒にいて、驚いたっていうか、
ショックだったっていうか……」
響ちゃんがこんなに自分の気持ちを口に出すなんて、初めてかもしれない。
―――つまり、響ちゃんは。
私の打ち上げの話を聞いて、面白くなくて、「子供だ」なんて言って、今日あの辺にいて……。
それって、もしかして。ヤキモチ妬いたってこと……で、いいのかな……?
「なあ風華、お前、あいつのこと好きになったのか?」
「えっ……」
「一緒にいたやつだよ。男の俺から見ても、認めたくないけど、かっこよかったから」
響ちゃんが本当に悔しそうに言う。腕の力が強くなって、少し苦しい。
「……バカだなあ、響ちゃんは」
私が笑いながらそう言うと、響ちゃんが「え?」と言って、腕の力を弱める。その隙に響ちゃんの方に向き直って、キスをした。
「風華……」
「私が、響ちゃん以外の人を好きになるわけないでしょ。山崎くんは確かにかっこいいけど、響ちゃんはもっとかっこいいもん」
今度は私から響ちゃんにぎゅっと抱きついて、「ごめんね」と呟いた。
「言い訳するわけじゃないけど、山崎くん、強引だったんだよ?打ち上げだって、私から抜けようって言ったわけじゃなくて……」
「わかってる」
響ちゃんが私の言葉を遮って、キスをしてくれる。今度は、さっきより長いのを。
「……俺、こんな性格だから……冷たいし、素っ気ないし、あんまり気が利かないヤツだけど」
「うん」
「風華のことは、その……一番好きだから、安心しろっていうか……あー、うまく言えねえ」
「わかってるよ」
わかってる。響ちゃんが口下手で、素っ気なくて、冷たくたって。私のこと、ちゃんと愛してくれてるってこと。
疑ってごめんね?心の中で響ちゃんにそう言って、また響ちゃんに抱きついて。
私はすっごく幸せ者だなって、本当にそう思う。
「他の男と一緒にどっか行くのは、もうやめろよ」
「え?」
「……実は俺、独占欲強いみたいだから」
そう恥ずかしそうに言った響ちゃんが、すっごくすっごく、可愛くて―――。
すれ違い、土曜日。だけど最後は、しあわせ。
響ちゃんの隣にいられるってことが一番の幸せ。それを確認した、土曜日の、お話でした。
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