#53.別行動、それぞれの行方
 
 
 
 
 もうすぐ7時半になろうとしていた。俺と姫桜はとりあえず、出店を回って簡単に夕飯を済ませたところだった。
 花火も始まれば、いい雰囲気になるかな……まあ、いまでも十分、いい雰囲気だけど。手なんか繋いでるし、いつもとはすこし違う感じで。
 そんなことを考えながら、姫桜に合わせてゆっくりと歩いていた、そんなときだった。突然背後から「あー、久保くんだ!」という大きな
声が聞こえたのである。
 ……まさか。いや、そんなことないか。無視しよう、無視。知らない振りをして……。
 嫌な予感がした俺は、そのまま黙殺して前に進もうとした。しかし、誰かが俺の腕を思い切りつかんだのである。
 「無視しないでよ。恥ずかしいの?」
 「噂の彼女ちゃんもいるんだから、紹介してよぅ」
 渋々振り向くと、俺の予想通り、うちのクラスの女子が3人立っていた。ああ……うるせえから、絶対にこいつらにだけは会いたくなかった
のに……。
 「わ、かわいいじゃん。はじめましてー。あたしたち、久保くんと同じクラスなの」
 「あ、はじめ……まして……」
 姫桜が驚いたような顔で女子たちを見て、「とりあえず」といった挨拶をした。顔が引きつっている。まあ、困るのは当たり前だよな。
状況だと。
 「てか、彼女ちゃん、岸浜南なんでしょ?超アタマいいんだもんねー」
 「え、そうなの?すごーっ、久保くん、どこで知り合ったわけ?」
 ……いや、中学の同級生だけどな。「どこまでペラペラ喋ってんのよ」といった顔で、姫桜が俺を睨みつけている。……姫桜さん、怖いん
だけど。
 どうしよう。俺が広めたんじゃなくて、梓が調子に乗って広めたんだよな。俺、悪くないんだってば。だけどこんなところで言い訳できない
しな……。
 「なんかお似合いだねー。ちょっと意外だったけど。久保くんって、かわいい系と付き合うかと思ってたあ」
 「そうだよねー。彼女ちゃん、美人系だもんね。ていうか、同級生?大人っぽいね」
 姫桜は微妙な顔つきである。これだけペラペラと節操もなく喋られたら、当たり前だけど。どうしよう。これ以上ここにいたら、姫桜に嫌な
思いさせるよな。
 「あ、まあ、あれだ。梓は、椎名と来てんぞ」
 俺は女子たちのうるさいお喋りを止めさせるべく、やけにでかい声でそう言った。
 「えーっ、マジで?まどか、ホントに梓でいいんだー。もったいなくない?梓なんかにまどかって」
 「うん。てかまどか、6組の松井くんに告られたってハナシだよ。ってことは、振ったんでしょ?あの松井くんを。んで、梓?!」
 「信じらんないっ。梓でいいの?ホントに?」
 本当によく喋る奴らである。しかも、内容が不愉快だ。相思相愛なんだし、べつにいいじゃねえか……。
 「ま、まどかちゃんが!」
 ふいに、ずっと黙っていた姫桜が女子たちのお喋りを遮った。俺も女子たちも驚いて、思わず目を見開いてしまう。
 「あ、梓くんを好きって。あの、梓くんも、たぶん、まどかちゃんのことが好きだから!だから、その、べつにいいんじゃないかって……
思います」
 姫桜は一気に喋って、ふうと一息ついた。俺も女子たちも黙ってしまっていた。というか、呆気に取られてしまっていた。
 「……そ、そーだよねえ。本人たちがよければ、べつにねえ」
 「う、うん。梓、なんだかんだ言って、いいヤツだし。いんじゃない?うん」
 「じゃああたしたち、もう行くね。久保くんも彼女ちゃんも、楽しんでね」
 さっきとは打って変わって、女子たちが逃げるようにして去っていく。なんだ?と思っているうちに、女子たちの姿は跡形もなく消えて
しまっていた。
 
 「……姫桜」
 「瑛治、あのね」
 俺が名前を呼んだのと同時に、姫桜が口を開いた。人ごみ、ざわざわした喧騒―――そんな中でも、姫桜のきれいな声はよく通る。
 「今日、まどかちゃん、うちに来たの。それで、いろいろ話して……まどかちゃんは梓くんのこと、本当に好きなんだ、ってわかったん
だよね」
 俺は黙って頷く。姫桜の気持ちがそのまま俺にも伝わってきている気がした。
 「梓くんも、まどかちゃんのことが好きなんでしょ?」
 「……ああ」
 「じゃあ、両想いだもん。誰にも文句なんか、言われる筋合いないよね。……そう思ったら、さっき、思わず口に出ちゃって」
 ごめんね、びっくりしたでしょ。そして、姫桜はそう付け加えた。
 さっきの姫桜、妙に迫力があった。いつも姫桜の言葉には説得力があって、俺はなにも言えなくなってしまうのだ。おそらく俺だけじゃ
なくて、みんなそうだとは思うけど。
 こういうところ、好きだな―――「こういうところ」が明確にわかるわけじゃないけど。とにかく、こういう―――人のことを思いやれて、
しっかりと自分の考えを持っているところ。姫桜のそういうところ、俺は本当に好きだ。
 俺ってあんまりしっかりした男じゃないけど、見る目だけはあるなあ。自分で言うのもなんだけど。
 「―――姫桜、手、貸して」
 さっき、あいつらに会ったときにとっさに離してしまった右手を、再び姫桜に差し出した。
 「あ、うん……」
 「姫桜のそういうところ、俺、好き」
 俺は喧騒にかき消されてしまうくらいの小さな声でそう言って、すこし強引に姫桜の左手を引いた。
 俺の半歩うしろで、姫桜が小さく頷いたのがわかった。それがなぜかくすぐったく感じられて、それをごまかすように、俺はさっきよりも
早足で歩き出す。
 
 
 
 
―――梓視点―――
 
 
 「あれー、梓じゃん!来てたんだー」
 もう8時近いので、俺とまどかちゃんは花火を近くで見ようと、打ち上げ場所に近い広場に向かっていた。
 そのとき、同じクラスの奴らに声をかけられたのである。男2人、女2人の計4人。いわばダブルデートみたいな形である。こいつらは、
ただの友達同士だろうけど。
 「おー、おまえらも来てたのか?」
 俺は反射的にまどかちゃんの手を離した。……まだ「付き合ってる」わけじゃないんだし、誤解されたらまどかちゃんが可哀相だからな。
 「あれ?まどかだー。もしかして、付き合ってるって噂、ほんとなの?」
 「え?あ、あー……いや、付き合っては、いない」
 ……自分で言うのもつらいけどな。まだ、うまくいくって決まったわけじゃない。
 俺は横目でまどかちゃんの様子を窺う。……あれ?なんか、表情が暗いような。夜だからそう見えるだけかもしれないけど。
 「じゃあ、なんで?」
 「いや、まあ、いろいろあってだなあ。瑛治と一緒に来たんだけど、あいつは彼女といるから、別行動してて。だから俺らも、自動的に
別行動になってるわけよ」
 この辺が妥当だろう。まあ、間違ったことは言っていない。ちょっと端折って話しただけだ。
 「ふーん。あ、花火始まっちゃうよ」
 「マジ?!」
 あの広場で見なきゃ、わざわざ来た意味ないよな。俺はまどかちゃんの手をまたつかんで、小走りで広場に向かう。
 
 「あ、梓く……待って、速いっ……」
 もうすぐ広場に着くというときに、まどかちゃんが息を切らして言った。
 「あ、ごめん……」
 なにやってんだ、俺は。いつも通りの速さで走るのはさすがにまずいだろ。いくら緊張してるからって、焦りすぎ……。
 「ごめん、まどかちゃん……その、歩く?」
 「う、ううん……ごめんね、私こそ……。運動部なのに、あんまり体力なくって……」
 まどかちゃんははあはあと息を切らしていた。ああ、俺、なにやってんだ。しかもまどかちゃん、浴衣着てるのに。走りづらいに決まって
るよな。
 「まどかちゃん、いいよ。歩いても間に合うから。……ごめん、気付いてあげられなくて」
 花火が始まるから、辺りはさっきりより閑散としていた。みんな広場に集まっているのだろう。
 さっきみたいな人込みじゃないから、ゆっくりと歩いても大丈夫だ。何なら、歩きながら見てもいい。混雑した広場に集まるよりも見やすい
かもしれない。
 「うん……。歩いてくれると、助かるかも」
 まどかちゃんがホッとしたように言った。俺は汗ばんだ手をいったん離してから自分のTシャツで拭って、それからまたまどかちゃんの
手を握る。
 「……あ、梓くん……手……」
 「え?」
 「その、繋いだまんま……なの……?」
 まどかちゃんが上目遣いで俺をじっと見ながら言った。
 「あ、あー、その、ごめん!」
 俺はいったいなに気取りだ。彼氏でもないのに、当然のようにまどかちゃんと手繋いでた。いまは混んでないんだから、繋ぐ必要なんてない
だろうに……。
 「あ、ちがうの……そういうことじゃなくて」
 「いや、確かにな。混んでないんだから、繋ぐ必要なんかないよな。悪い悪い」
 俺は不自然な笑いでごまかして、早足で歩き出した。なんだかわからないけど、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。俺はなにをやってるんだ!
 「待って、梓くん!」
 まどかちゃんが、すこし先を歩く俺の右腕を強くつかんだ。振り向くと、まどかちゃんはなぜか涙ぐんでいる。
 「え?ま……まどかちゃん?」
 「待って、ちがうの。そういうことじゃないの。待って、梓く……」
 まどかちゃんが首を横に振りながら、なにかを訴えかけるような目で、なにかを言おうとした。そのときだった。
 
 
 ドーン、と大きな音を立てて、花火が次々に上がっていく。
 俺たちだけでなく、辺りにいた人たちはみんな音がした方向を向いている。歓声を上げる人もいた。
  
 「あー、花火、始まっちゃったな……」
 俺はぽつりと呟いた。まどかちゃんは返事をしない。
 
 まどかちゃんがなぜ泣いているのか、俺はどうしたらいいのか―――というか、どのタイミングで告白をすればいいのか。
 わからないことだらけはあったが、いまこの瞬間、花火が始まったことに、俺はすこしだけホッとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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