#41.花火大会計画
 
 
 
 
 「花火大会?」
 7月4日の金曜日、俺と姫桜は南沢駅前のマックにいた。明日から休みだし、二人でご飯でも食べようかってことになったのだ。
 「うん」
 俺はコーラを一気飲みしてから頷く。1週間ぶりに会った姫桜は、なんだかまた可愛くなったような気がする。まあ、会うたび毎回思うこと
なんだけど。
 「瑛治の友達も?」
 「半ば強引にだから、断ってもいいけど」
 「ううん、そういうわけじゃなくて。その友達も、カップル?」
 姫桜はさっきからずっとポテトを食べ続けている。お腹すいてたんだろうか。どっちにしろ、可愛いなあ。……姫桜がなにをしても可愛いと
思う。俺、もしかしたら病気かも。
 「カップル……になりかけ」
 「なりかけ?」
 「その花火大会で告白すんだとよ。俺の友達が、椎名に」
 「椎名さん?」
 姫桜は椎名のことを覚えているらしかった。一瞬考えて、「ああ」と頷く。
 「あの、すっごく可愛い子かあ。あれ、あの子って、瑛治のこと好きなんじゃなかったっけ」
 「……いや」
 「いま、間があった。やっぱりそうなんだ。あんなに可愛い子に好かれて、幸せ者よね、アンタも」
 姫桜が嫌味っぽくそんなことを言うので、ちょっとカチンときた。
 「可愛い子って、おまえのこと?」
 俺がしらっと言うと、姫桜は顔をすこし赤くして俯いた。ポテトを食べる手が止まる。
 「……違うわよ」
 「椎名はな、いま、梓とラブラブなんだよ。あ、梓って俺の友達な」
 「……ふーん」
 「安心した?」
 「……べつに」
 「あっそ。で、行く?行かない?どうしても嫌ってなら断るけど」
 姫桜は返事をしない。あれ、俺、ちょっとイジめすぎたかな。俺は根が小心者なので、すぐに不安になった。姫桜の顔を覗き込む。
 
 「いく、けど」
 小さな返事が聞こえた。俺は、ますます不安になる。
 「なに?」
 「……私と椎名さんのこと、比べたりしないでよね。……あの子、可愛いから」
 姫桜がぼそぼそと呟く。その内容があまりにも意外なものだったので、俺は思わず「はあ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
 「だ、だって!嫌なんだもん。可愛い子と並ぶの、辛いじゃない」
 「……俺は、姫桜のほうが可愛いと思うけど」
 俺まで声を小さくして喋る。この喧騒の中でぼそぼそ会話するなんて、まったく俺たちはなにやってんだ、と思いながら。
 「それにな、比べるって……」
 「私は、そういうの、不安なの!瑛治が、椎名さんのほうが可愛いなって思うの、わかってるもん……」
 「あのなあ、俺は、おまえがいいって言ってんの」
 俺は姫桜の頭をポンと叩く。
 「なんでそんなに自信ないんだよ。なに、俺の見る目が信用できないと」
 「できない」
 姫桜はきっぱり言い放つ。そして、「あんな可愛い子が近くにいて、好きにならないのがおかしい」と続けた。
 「……俺が、何年おまえのこと好きだったと思う?」
 「……」
 「3年だぞ、3年。いや、いまも好きだから、それ以上か」
 すこし潤んだ目で、自信のない表情で、姫桜はじっと俺の顔を見つめていた。こいつ、目潤ますの得意なわけ?あーもう、いちいち
可愛いんですけど。
 「だから、自信持てって。俺……」
 「あれ?瑛治じゃん」
 おまえのことしか、見えてないから―――ものすごく恥ずかしいキメゼリフを言おうとしていた、まさにそのときだった。
 「……あ、梓……」
 なぜか、ウィンドブレーカー姿の梓が俺の横に立っていた。椎名も一緒だ。
 「なに、この子、噂の姫桜ちゃん?あ、かわいーじゃん」
 梓は俺が言うのに何年もかかった言葉を、初対面でいとも簡単に言ってのけた。
 「……なんでいんだよ」
 「部活帰りに、まどかちゃんとメシ食って帰ろうかと」
 「あ、そう……」
 まさにいま、その椎名の話をしていたんですが。ああどうしよう、本人だよ。なんてタイミングが悪いんだ、いろんな意味で。この
バカ梓め―――。
 「こんにちは。あれ?久保くんの彼女さん……前に会ったよね?」
 「ああ、まあ……」
 「付き合ってるんだあ」
 椎名が柔らかく微笑む。この子、ホントに、何もかもがふわふわしてんだよなあ。
 姫桜は状況についていけないといった感じで、おろおろしていた。「あ、はい」とか「どうも」とか言って、適当に話を合わせている。
 「ここ、いい?」
 「は?」
 「どうせなら、4人でなんか喋ろうぜ。一緒に花火大会行く仲なんだし。な、姫桜ちゃん」
 「あ、はい……」
 姫桜は何がなんだかわからないといった顔でいる。当たり前だ。俺にだってわからない。
 「じゃあ俺、なんか頼んでこよっと。まどかちゃん、座ってていいよ」
 「あ、じゃあ……」
 「私の隣、いいよ」
 姫桜がにっこり笑って、自分の鞄をさっとどかす。
 「あ、ありがとう……えっと」
 「香坂姫桜。よろしくね」
 「うん。あ、私、椎名まどかっていいます」
 「ね、姫桜ちゃんってどういう字書くの?」「ひめにさくらって書くんだ」「わ、かわいい!ねえ、姫桜ちゃんって呼んでいい?」
「じゃあ私もまどかちゃんで」……。
 梓がいない間、俺は肩身が狭くてどうしようもなかった。なんだよ、意気投合してんじゃん。気ィ合いそうじゃん。さっきまであんな
こと言ってたくせに。
 椎名と並ぶと、姫桜はなんだかお姉さんのような感じがした。やっぱりこいつ、大人っぽいよなあ……。
 二人をじっと見つめているのもなんだかイヤなので、とりあえず携帯をいじってることにした。梓、早く戻ってこねえかなあ、と思いながら。
 
 
 「姫桜ちゃんって、マジで岸浜南行ってんのな。すっげーアタマいいんだー」
 姫桜の制服をじろじろ見て、梓がハンバーガーを頬張りながら言う。
 「梓、おまえ、この上なくバカっぽいぞ」
 「いいだろ、べつに。バカなんだから」
 「開き直るな」
 俺が言うと、姫桜と椎名がくすくすと笑う。
 「だいたいおまえ、食いすぎなんだよ。よく食えるよな、そんなに」
 梓はいま、3個目のハンバーガーを食べていた。しかもポテトやらナゲットやらもしっかり食べている。梓、痩せてるくせに、こんなに
どこに入ってくんだ?
 「部活だったから疲れてんの。まどかちゃんは少食だけどな」
 「おまえも少しは少食になったらどうだ?」
 「いいじゃん、太るわけじゃあるまいし」
 学校にいるときみたいに会話していると、いつしか俺と梓、姫桜と椎名、にすっかり分かれてしまっていた。向こうは向こうで意気投合
してるし、こっちはこっちでいつも通りだし。
 「そういやさ、花火大会どうする?何時集合?てか、二人とも浴衣は強制な」
 「おまえ、一気に喋りすぎ」
 「だってー、女の子は浴衣だろー?な、絶対そうだろ?お前もそのほうがいいだろー?」
 「……まあ」
 俺は姫桜に聞こえないくらいの小さな声で返事をする。姫桜の浴衣姿。だめだ、想像しただけでニヤけてしまう。
 「よし、じゃあ強制ってことで。花火は8時からだけど、集合はもっと早いほうがいいだろ?」
 「毎年出店があるからお祭りみたいだし、回っても楽しいよね」
 姫桜が言う。ようやく梓に対して緊張が解けたらしい。
 「あ、瑛治も姫桜ちゃんも地元人か。なに、毎年行ってんの?」
 「去年は行かなかったけどな」
 「私は毎年行ってたよ。去年も友達と行ったし」
 「何時ごろ行くのがベスト?」
 「うーん……6時くらいかなあ。ちょうどいいと思うけど」
 「俺もそんくらい」
 ぶっちゃけ、そんなに覚えてないんだけど。最後に行ったの2年前だし、そもそも花火じゃなくて出店――それも食い物屋ばっか――の
ために行ってたようなもんだしな。
 「じゃ、6時に南沢駅に集合。再来週の土曜日だぞ、忘れんなよ!」
 「忘れねえよ。梓じゃあるまいし」
 俺が言うと、姫桜と椎名はまた二人でくすくす笑う。この二人、ホントに姉妹みたいだ。姫桜と風華ちゃんが一緒にいるときも思った
けど。姫桜って、やっぱりお姉さんっぽいんだよな……。
 「なにおまえ、姫桜ちゃん見つめてんの?」
 梓がでかい声でそんなことを言ったから、姫桜が俺の顔を見て、恥ずかしそうに俯いてしまった。そんな姫桜の様子を見て、椎名が
「姫桜ちゃん、かわいい」なんて笑っている。
 ―――似た者同士め。
 俺は梓と椎名に心の中でひっそりとそう言った。マジでお似合いだから、早くちゃんとくっつけよ、とも。
 
 
 
 
 
 
 
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