#51.ガールズトーク 姫桜視点
 
 
 
 
 「おじゃましまーす」
 7月19日の午後3時すぎ、まどかちゃんが私の家にやってきた。
 私が「うちで浴衣着てく?」という提案をしたのがきっかけだった。花火大会の会場は、南沢駅から徒歩で10分くらいのところだ。
ちなみに、待ち合わせは午後6時に南沢駅。そんなわけで、南沢駅から遠い私の家にまどかちゃんを呼ぶとかえって遠回りになってしまう
けど、まどかちゃんは快諾してくれた。
 せっかく友達になったんだもん、いっぱいお話したいしね。そう思っていたのは私だけではなかったみたいだ。浴衣を着るだけなのに、
まどかちゃん、こんなに早くから来てくれたんだもの。
 「すごい、なんか姫桜ちゃんの家、おっきいね」
 「そうかな?ふつうじゃない?」
 そう答えながら、二人で階段を上る。確かに、3人家族にしては広いかも。2階なんて、2つくらい部屋余ってるしね。
 「わ、姫桜ちゃんの部屋、きれい!想像どおりかも」
 「そんなことないって」
 私は、驚いているまどかちゃんに「なんか冷たいもの持ってくるね」と言って、また階段を下りていく。友達を呼ぶなんて久しぶりだから、
きのう、一生懸命掃除したんだよね。うちの高校はテストが多いから、ついつい、教科書や参考書を机の上に出しっぱなしにしてしまう。
 
 「まどかちゃん、お茶でいい?お菓子もあるよ」
 私は緑茶のペットボトルと2つのグラス、クッキーの箱をお盆に乗せて、自分の部屋に戻った。まどかちゃんは本棚をじっと見ている。
 「まどかちゃん?」
 「すごく勉強してるんだね。参考書がいっぱい」
 まどかちゃんが見ているのは、参考書や教科書が入った本棚だった。それ以外の本棚は小説や雑誌が入っているものばかりだけど。
 「そうでもないよ?それ、ほとんど入学するときに買わされたんだもん」
 「ええ?!すごーいっ!さすが岸浜南だね!」
 「……それほどでも」
 実際、私の高校での成績は中の上というところだった。まあ、岸浜南の中でそれくらいの成績が取れれば、自分としては十分かな、って
思ってるんだけどね。
 「それに、小説もたくさんある。文学少女って感じ、姫桜ちゃんって」
 「そんなことないって。雑誌だって読んでるよ」
 「あ、ほんとだー。あれ?この雑誌、私も買ってる!この表紙の子、好きなんだよね」
 まどかちゃんは最新号を手を取って、嬉しそうに言った。
 「そう?まどかちゃんのほうが可愛いじゃない」
 私は緑茶をグラスに注ぎながら言った。この雑誌に載ってるモデルの子より、まどかちゃんのほうが可愛いんじゃないかな?って本当に
思う。ふわふわの茶色い髪に、肌の色は透き通るように白くて、パッチリ二重の大きな目に、形のいいちいさな鼻。これでお化粧してない
っていうんだから、ほんと、神様って不公平よね。
 「そんなことないよ。天然パーマだし」
 「そんなにきれいな天然パーマ、見たことないよ。髪の色もきれいだし」
 初めてまどかちゃんに会ったときは、まさか天然パーマだとは思わなかったもんね。髪だって、染めてるって思ってたし。パーマも髪の
色も天然だって知ったときは、「ずるい」なんて思っちゃったくらいだもん。
 「……私は、姫桜ちゃんみたいなまっすぐな髪、うらやましいよ?」
 まどかちゃんは雑誌を閉じて、本棚に戻した。それから緑茶が入ったグラスを取って、すこしだけ飲む。
 
 「ねえ、久保くんって、小説読むの?」
 「え?」
 急に話題が変わったから、びっくりしてしまう。なんで、瑛治?
 「姫桜ちゃん、読書家みたいだから」
 「瑛治は、マンガしか読まないみたいだけど……」
 「そうだよね。久保くんが真面目に小説読んでるところなんて、想像できないもん」
 まどかちゃんは笑って、クッキーに手を伸ばす。
 「ねえ、姫桜ちゃん。……私、前ね。久保くんのこと、好きだったの」
 開け放った窓のそばに飾った風鈴が、ちりん、とちいさな音を立てた。外からは相変わらず、生暖かい風しか吹いてこない。
 「……」
 「でも、あっさりふられちゃった。ほかに好きな人がいるから、って」
 姫桜ちゃんのことだよ、とまどかちゃんは笑う。私は、なんて言っていいのかわからずに、黙ったままでいた。
 「けっこう、落ち込んだよ。あ、私、久保くんに一目惚れしたんだけどね。一目惚れなんて初めてで、告白したのも生まれて初めてで……。
失恋したのも、初めてだったから」
 言葉を切って、まどかちゃんは緑茶を飲み干してしまった。きょうも暑いから、喉、渇いてるのかな。全然関係ないことを考えながら、
私は整いすぎてるくらい整った顔立ちのまどかちゃんを、改めて見つめていた。
 「……でもね、しょうがないなって思ったの。一度、私と姫桜ちゃん、会ったでしょ。あのときにね、なんとなく、だめかなって思った
から」
 私はとりあえず、無言で相槌を打った。まどかちゃん、なにが言いたいんだろう。
 「姫桜ちゃんのこと見たとき、なんとなく、この子には敵わないなあって思っちゃったの。なんていうか、久保くんのとなりにいる
姫桜ちゃんが、あまりにもしっくりくる光景だったんだよね」
 「まどかちゃん……」
 「自然、っていうのかな。うーん……絶対にこの人じゃなきゃだめ!ってお互い思ってるのが、伝わってきたというか……ごめんね、
うまく言えなくって」
 「……私と瑛治、あのとき、ケンカしてたのに?」
 「ケンカしてたから、だよ。あんなに真剣な顔した久保くん、初めて見たもん」
 まどかちゃんはそう言って笑った。私はなんだかくすぐったい気分になって、照れ隠しをするようにクッキーに手を伸ばす。喉から
からに渇いているのにもかかわらず。
 「とにかく、すっごくお似合いだって思うし……それに、最近、大きなケンカしたみたいだけど、仲直りしてよかったなあって」
 「え?知ってるの?」
 「一回だけどね、久保くん、すっごい顔して学校来たんだよ?髪もぼさぼさで、目だって腫れてたし。髪は、梓くんが直してあげてた
んだけど」
 思わず「うそ」と声を漏らしてしまった。中学時代だって一日も欠かさず、きちんと髪を整えてきてた瑛治が?先生に怒られたって、
意地になってワックスつけてきてたのに。
 「ほんとほんと。私もびっくりしちゃった。聞いたら、姫桜ちゃんとケンカしたっていうんだもん。本当に姫桜ちゃんのこと好きで
しょうがないんだよ、久保くんは」
 まどかちゃんの言葉が、心の底に染み渡っていく。あのとき、私だってボロボロだった。ちゃんと寝れなかったし、ご飯だってあまり
食べれなかった。
 瑛治も、そうだったんだ。そう思うと、不謹慎だけど、嬉しくて嬉しくて仕方がなくなった。思わず泣きたくなって、喉の奥が熱くなる。
 「姫桜ちゃん、幸せ者だね」
 「……うん」
 私が小さく頷くと、まどかちゃんは満足そうに微笑んだ。
 
 「それでね、姫桜ちゃん……お願いが、あるんだけど」
 すこしの間の後、まどかちゃんがおずおずと口を開いた。口調がすこし変わって、声もさっきより小さい。
 「お願い?」
 「うん。あ、あのね……きょうね、梓くんと、その……二人っきりに、してほしいなって」
 「え?」
 「途中から、別行動したいの。……いい?」
 まどかちゃんが、すこし顔を赤くして私をじっと見つめた。……うーん、可愛いなあ。この子からの告白、断れた瑛治ってすごいよね……
なんて、他人事のように思ってしまう。
 「いい……けど」
 「ありがと。……その、私ね、決めたの。きょう、梓くんに告白するって」
 決意を含んだ声で、まどかちゃんがはっきりと言った。さして広くもない私の部屋に、まどかちゃんの声が響く。
 「……久保くんにふられたときね、梓くん、いっぱい慰めて、元気づけてくれたんだ。梓くん、見た目は軽そうだけど、すっごく優しい人
なんだよ?」
 初めて梓くんと会ったとき、正直言って、第一印象はあまり良くなかった。髪はすっごく茶色いし、ピアスなんてつけてるし。私の苦手な
タイプだなあって。
 でも、話をしていくうちに、いい人なのかな?って思いはじめた。瑛治とも気が合うみたいだし、もしかしたら、思ってたよりもずっと
ずっといい人なのかなって。
 「私、知らないうちに、好きになっちゃってたみたい。きっと、梓くんの優しさに惹かれたんだよね」
 「まどかちゃん……」
 「だからね、きょう、頑張るの。いつもありがとうって、優しいところが大好きだって、ちゃんと梓くんに伝える」
 まどかちゃんの、鈴を転がしたような声。耳に心地よくて、時折どきっとしてしまう声だ。それなのに、可愛いだけじゃない。いまの
まどかちゃんの言葉には、なにか、芯のようなものを感じる―――。
 「それで、姫桜ちゃんと久保くんみたいに、素敵なカップルになるの」
 後に続いたまどかちゃんのその言葉に、私は恥ずかしくなって俯いてしまった。
 「私も梓くんもちっちゃいし髪も茶色いから、ある意味、お似合いになれるかなあ?」
 「ある意味じゃなくて、ちゃんとお似合いだよ?すっごく仲良さそうだったもの」
 私は、はじめて二人を見たときのことを思い出す。確か、今月の頭だった。
 まどかちゃんと梓くんなら、すっごく可愛いカップルになりそうだな。大丈夫よね。きっと、そうなるよね。
 「じゃあ、可愛くしていかなくちゃね。まどかちゃんはもともとすっごく可愛いから、もっと可愛くなったまどかちゃん見て、梓くん、
びっくりするよ」
 私はそう言って、まどかちゃんに笑ってみせた。
 「ほんとに?」
 「うん。ほんとに!」
 私は元気よく答えて、壁時計に目をやった。もう4時を回っている。
 「もうすこししたら、準備しなくちゃ。髪飾りとか、持ってきた?」
 「うん」
 まどかちゃんは大きく頷いて、にこっと笑う。
 可愛いなあ、とまた思って、どんな髪型にしてあげようかな、なんてことを考えていた。なんだか、私のほうが緊張してきちゃた……。
 
 
 
 
 「大丈夫?忘れ物、ない?」
 午後5時半。私とまどかちゃんは、揃って玄関に立っていた。
 「気をつけてね。お母さん、やっぱり送っていこうか?」
 仕事から帰ったお母さんが、心配そうに言う。
 「大丈夫だって」
 「向こう行ったら、瑛治くん、いるんでしょ?」
 「うん」
 「けっこう遠いから、気をつけなさいね」
 お母さんに見送られて、私たちは家を出た。
 
 「夕方なのに、まだまだ暑いね。よかったよね、晴れて」
 外に出て、思い切り夕方の空気を吸った。心地いい気温だった。夏の匂いがして、胸がときめく。
 私は隣を歩くまどかちゃんに話しかけた。髪をアップにして、すこしお化粧を施したまどかちゃんは、はっとしてしまうほど可愛い。
このままファッション雑誌に載ってたっておかしくないんじゃないかってくらい。
 「姫桜ちゃんって、浴衣、似合うよね」
 「そうかな?まどかちゃんこそ、すっごく可愛いよ」
 「ううん。姫桜ちゃんって美人だから、浴衣、本当に似合ってるもん。久保くん、びっくりするよ」
 ……び、びじん?生まれてこの方、そんなこと、言われたことないかも。大人っぽい、はよく言われるけど。
 「それに、髪もありがとう。アップにするの、初めて」
 「浴衣だったら、アップがいちばん可愛く見えるもんね」
 まどかちゃんのふわふわの髪は、アップにしてもよく映えた。私は下のほうの髪をすこし残してアップにして、残した髪をアイロンで
巻いてみた。がんばっただけあって、瑛治の反応がちょっと怖いけど……。
 「別行動したあとが勝負だからね。まどかちゃん、がんばって」
 「……うん」
 私とまどかちゃんは、南沢駅を目指して、ゆっくりと歩いた。
 太陽が西に傾いている。駅が近づくにつれて、私とまどかちゃんの会話は、なぜか少なくなっていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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