#26.双方
 
 
 
 
 5月3日、午前11時。俺は自転車を全速力で漕ぎ、南沢駅に向かっていた。
 桐島は、約束の10分前には待ち合わせ場所に来ているようなヤツだ。もうとっくの間に来て、携帯なんかいじっているだろう。
 起きたのは今から1時間前だった。というか、5回も目覚ましをかけたくせに起きれないってどうなんだ?
 昨日はいろいろ考えていて、やっと寝付けたのは明け方。やっぱり香坂からメールは来なくて、俺の気分は暗くなっていくばかり
だった。
 
 「……空いてねえし」
 南沢駅の駐輪場はもう満杯だった。ちくしょう、と思いつつ裏の駐輪場に止めることにする。
 盗まれないように2つ鍵をかけて――俺は前に2回くらいチャリを盗まれている――、階段を駆け上って、桐島の姿を探した。
 「あ、やっと来た」
 「わ……悪い、その、また、寝坊した」
 俺は息を切らしながら答えて、「どこ行くんだ?」と続けた。
 「昨日ああ言ったんだけどさ、特に思いつかないから、とりあえず岸浜まで出ようかと」
 「わかった」
 「次の電車、10分後だから、もうホーム行ってるか?」
 桐島はそう言って財布から定期券を取り出した。
 「定期あるからタダかよ」
 「いいだろ」
 「俺はバス通なんで、切符買ってきますかね」
 岸浜までは350円。往復で700円。なかなか痛い出費である。
 でも岸浜まで出ないと、遊ぶところなんてほぼない。だから、友達同士で遊ぶときは出費を我慢して、たまに岸浜まで出るのだ。
 
 
 ゴールデンウィーク初日ということもあって、岸浜駅前は混み合っていた。どっかのデパートでバーゲンでもやっているのか、大袋を
持った女の人がたくさんいる。
 特に行きたいところもない俺たちは、とりあえずどっか食べるところ――まあどうせファーストフードなんだけど――を探して、人の多い
駅前通りを歩く。
 「高校、どうよ?」
 「普通」
 「素っ気ないなー。なんかないのかよ、面白いこと」
 「そんなのあるわけないだろ」
 相変わらず素っ気ない桐島は、中学のときより少し大人びたように見えた。
 まだ中学を卒業して2ヶ月しか経ってないのに、変わるモンだよなあ……。まあ、もともと大人びたやつだけど。
 「何食う?」
 「安いモンならなんでもいい」
 そう鋭く答えた俺に、桐島は「そう言うと思ってたよ」と苦笑した。
 
 「……ま、どうせマックになるんだよな」
 俺の目の前には、ポテトとジュースとダブルチーズバーガー。桐島の目の前にも同じ物が置かれている。
 「しょうがないだろ。お互い金ないんだから」
 桐島はあきらめたように言って、ポテトに手を伸ばした。
 「そうだよなあ。やっぱ早くバイトしてー。夏休みくらいから始めようかな」
 「俺は夏休み補習三昧」
 「お、さすが進学校」
 俺は、食べ慣れた味の濃いハンバーガーを頬張る。久しぶりに食べたからいつもにも増して味が濃い気がした。
 「なかなかキツいぞ。この連休も課題どっさり出たし、小テストはバカみたいに多いし」
 「そんなに忙しいのに、風華ちゃんに会う暇あんのか?」
 「ま、まあ……隣同士だしな。会おうと思えばいつでも会える」
 風華ちゃんの話を出すと、桐島はなぜか声が小さくなる。そしてつっかえながら喋るのだ。
 そんな桐島の様子を微笑ましく思うと同時に、風華ちゃんとラブラブなのがすごく羨ましくなる。俺なんて、結局香坂に誤解された
ままだしな……。
 「あー、その、そうだ。久保、昨日なんか落ち込んでたろ。どうした?」
 こいつ、うまい具合に話変えやがったな……。もう少しからかってやろうと思っていたが、その話を出されたら仕方がない。
 「……どこから話せばいいのかわからないくらい、いろいろあって」
 「まだ入学して1ヶ月なのに、大変そうだな」
 「大変っつーか、なんつーか……」
 「まあ話してみろよ。大したこと言えないけど」
 桐島はまたポテトをつまんでいる。ハンバーガーよりポテトが好きらしい。
 「桐島、俺の分も食えよ」
 俺は自分のポテトを桐島にそっと差し出し、香坂に誤解されたことや椎名になぜか告白されてしまったことなどを長々と喋り始めた。
 
 「―――久保、お前、バカ?」
 話し終えてジュースを一気飲みしている俺に、桐島が呆れ顔で言った。
 「……え?」
 「好きでもない女と一緒に帰るかよ、普通。その女が可愛いからって調子こいてたんだろ。あー、本当バカだな、久保は」
 「おい、バカバカ言うなよな!……確かにバカだけど」
 「香坂のことはもうどうでもいいのか?」
 「そんなわけねえだろ!」
 むしろ、高校入ってからずっと気になってるぞ。会えないから以前にも増して会いたいって思うようになって……。
 「じゃあ、誰に告白されても調子こいちゃダメだろ」
 「……」
 もっともである。
 「……久保さ、もう告白しちゃえば?」
 「え」
 「その方が絶対いいと思うぞ。香坂、多分お前のこと好きだし」
 「いや、まさか……」
 「じゃあなんで怒ったんだよ。久保のことが好きだから怒ったんだろ」
 「……それは……」
 香坂が、俺を好き―――。
 考えただけでどきどきして、信じられないような気持ちになる。梓にも同じことを言われたのだから、もしかしたら本当にそうかも、
なんて思ってしまうのだ。
 「告白してやれよ。香坂は素直じゃないから、お前が黙ってたらずっとこのままだぞ」
 桐島は苦笑いしている。その表情を見ると、やっぱり俺よりも大人に見えてしまうのが少しだけ悔しい。
 「でも、メールしても返ってこないんだぜ?」
 「そんなの、しつこく送りつづければいいだろ」
 「それでも来なかったら?」
 「それでも来なかったら、香坂は本当にお前のことが嫌いになったってことだ」
 桐島がきっぱりと言い、最後の一本――俺のポテトなのに、半分くらいこいつが食ってしまった――を口の中に放り込んだ。
 
 「……お前たちは、どっちから言ったわけ?」
 「は?」
 「お前と風華ちゃん、どっちから先に告白したんだよ」
 ずっとずっと気になっていたことだった。訊いてもどうせ教えてくれないだろうと思って、今まで何も訊かなかったけど。
 「なんだよいきなり。そんなこと、どうだっていいだろ」
 「どうでもよくないって。ほら、桐島は恋愛の先輩だから」
 「アホか。何言って……」
 「いいから教えろよ。恥ずかしいことじゃないだろ」
 やっぱり風華ちゃんの話を振ると、桐島は動揺する。それが面白くてついついからかってやりたくなるのだ。
 「―――俺」
 桐島はため息と共に、いかにも憂鬱そうに吐き出した。
 「え、マジで?」
 「……だから言いたくなかったんだよ。おい久保、笑うな。笑うなってば!」
 意外すぎて笑いが止まらない。風華ちゃんが桐島にべったりだから、てっきり風華ちゃんから告白したかと思ってたのに。
 「なんだよお前、素っ気ない振りして、実は風華ちゃんのことかなり愛してんだろ」
 「そんなことねえって!別に、そんなことは……全然……」
 「いいから認めろよ。俺、笑ったりしないから。……ぶっ」
 こいつがどんな顔をして風華ちゃんに告白したんだろうとか考えると、あまりにも可笑しくて吹き出してしまう。
 「もう、絶対お前には何も言わない。絶対に言わねえ」
 「そう言うなって。キスとかは?した?」
 「黙れ!お前は自分のことだけ考えてればいいんだよ。調子こいて香坂に誤解されたくせに」
 「……それを言われると傷つくんだけど」
 だけど否定しないってことは、したってことだよな―――そんなことをふと思って、やっぱりこいつは俺より大人だと思った。
 「久保には絶対言わない。もう何も言わないぞ」
 俺がそんなことを思っている間も、桐島は呪文のようにそう繰り返していた。
 
 
 まあ、とりあえず頑張れ―――帰り際、桐島はしみじみとそう言った。
 桐島が頑張れとか言うと、やけに説得力あるんだよなあ……。何が何でも頑張らなきゃいけない気がしてくる。
 携帯を開く。相変わらず、受信メールは0件。
 「メール、してみるか……」
 ベッドに寝転がり、天井に向かってそう呟いて、香坂のアドレスを呼び出す。
 「えーと、迷惑かもしれないけど……」
 ぶつぶつ言いながら打っていった。
 『迷惑かもしれないけど、返事が来ないからまたメールしてる。とりあえず本当に誤解です。本当です。』
 敬語になっているのは俺の必死さの現れだ。このメールを送れば、いくらあいつが頑固だからといって、もういい加減誤解だっていう
ことを認めてくれるだろうか?
 「……送信」
 どうせ返事は来ないんだろうけど、一縷の望みをかけてメールを送信する。電話しようとも考えたけれど、それはさすがに厚かましい
ような気がしてやめた。
 
 椎名にも、きちんと断っていない。あいつが勝手に自己完結するから……。いや、俺が悪いのか。俺が椎名と一緒に帰ったりしたから、
余計な誤解をさせてしまったのかもしれない。
 確かに、桐島の言う通り俺は調子に乗ってた気がする。いくら椎名がすごく可愛いからって、俺が好きなのは、香坂だけなのだから。
 ―――バカだよなあ、俺って。
 調子こいたりしなきゃ、この連休にでも香坂と遊んで、もしかしたら、付き合ったりとか……。
 そんな想像をしても、今となっては虚しいだけだ。俺は調子に乗ってしまったのだ。今さらそんなことを言ってもどうしようもない。
 
 ―――だからさ、瑛冶が好きなその子は、お前のことが好きなの。
 ―――じゃあなんで怒ったんだよ。久保のことが好きだから怒ったんだろ。
 梓と桐島の言葉を思い出して、気持ちを明るくしてみる。
 本当に、そうだったら。香坂が俺のことを好きでいてくれたら、死ぬほど嬉しいんだけどな―――。
 
 
 俺はメールを気長に待つことにして、残りの連休はのんびりと過ごすことにした。
 梓とカラオケに行った以外はほとんどフリーだったので、少しだけ出た課題をやったり、マンガを読んだりして、連休は特に何事もなく
終わっていった。
 香坂からはやっぱりまだメールが来なかったけれど、俺としては椎名にどう断ろうというのが悩みの種である。
 また自己完結されたら困るなあ、なんて思いながらも、連休はあっという間に明けた。
 ……椎名にきちんと言わなければならない日が、やってきてしまったのである。
 
 
 
 
 
 
 
 

君の瞳に完敗。Top Novel Top

inserted by FC2 system