#07.姫桜と風華
 
 
 
 
 「あ、あれ?なんでそんなに二人ともぽかんとしてるの?」
 風華ちゃんはいつもの愛らしい笑顔を崩さずに言う。
 あまりにも突拍子もない話だったものだから、俺も桐島もあんぐりと口を開けていた。多分、相当な間抜け面だろう。
 
 「響ちゃん?久保先輩?」
 風華ちゃんが俺たちの顔の前でひらひらと手を振っている。
 「……マジ?」
 先に我に返ったのは桐島だった。
 「うん、マジだよ。でもびっくりしたなあ。まさか響ちゃんと姫桜ちゃんが同じクラスだなんて……。あ、久保先輩も一緒ですよね?
響ちゃんと同じクラスなんだもの」
 「あ、ああ……」
 風華ちゃんに話を振られて、俺もやっと我に返る。
 「姫桜ちゃん、すごく頭いいんだよね。私、時々勉強教えてもらったりしてるよ」
 「え、風華に教えてんのか?……俺なんて逆に教えてもらう方なのに」
 なんだコイツ、頭いいくせに、風華ちゃんに勉強見てもらってんのかよ。しかも風華ちゃんって2年だろうが。
 そんなことを少し思ったけど、口には出さないでおいた。
 「……まあ、すごく、びっくりだ」
 俺は、至極率直で、とても馬鹿っぽい意見を述べてみた。
 でもその言葉通りなのだ。まさか香坂と風華ちゃんに繋がりがあるとは―――。
 
 
 「あれ、噂をすれば」
 風華ちゃんの顔がぱっと輝いた。
 視線の先を辿ると……。
 「お、奇遇だなあ」
 桐島が呟く。
 そこにいるのは、香坂だった。
 
 「姫桜ちゃーん」
 風華ちゃんが手を振ると、香坂がこっちに気付いたみたいだった。目を丸くしている。当然だ。
 「あ、風華……え……?久保と、桐島くん……?」
 香坂にとっては思いもよらぬ組み合わせなのだろう。俺にとってもそうだし、きっと桐島にとってもそうだ。
 おそらく違和感を感じていないのは、風華ちゃんだけだろう。
 
 「どうしたの、このメンバー」
 「驚きすぎだよ、姫桜ちゃん。私、幼なじみと付き合い始めたって言ったじゃない!」
 「確かに言ってたけど……えっと、どっち?」
 香坂が俺と桐島を交互にじっと見て、俺を指差して「こっち?」と言った。
 「違う違う!こっち!」
 風華ちゃんは嬉しそうに桐島の腕を掴んだ。そしてぎゅっとしがみつく。
 「おっ」
 俺がからかうように笑うと、桐島は「おい風華、離れろ!離れろってば!」と恥ずかしそうにしている。
 「え?桐島くん?!うそ、なんか意外」
 「なんだよ香坂、俺なら意外じゃないってのか?」
 いつもの調子で口から言葉が出てしまう。
 「まあ、桐島くんよりはね。だって桐島くんって硬派じゃない。それに比べて久保って、なんか軟派だし」
 「おいお前、それってすごい失礼だぞ」
 「あら、見たままを言っただけだけど」
 香坂が俺を見下すように笑う。くそ、本当にムカつく。
 「ったく、ホントに可愛くねえの!」
 「可愛くなくて結構。だって私、久保の前で可愛くしようなんて思ってないもん」
 「この……」
 ガリ勉、と言おうとしたけど、俺がそう言う前に風華ちゃんが大声で笑い出した。
 
 「姫桜ちゃんと久保先輩、すっごく仲良し!」
 「仲良くないっ!」
 香坂が全力で否定する。……少し、傷つく。
 「姫桜ちゃん、人格変わっちゃってるんだもん」
 「まあ香坂と久保、いつもこんな感じだよな?夫婦とか言われてるし」
 桐島が風華ちゃんのセリフに追い討ちをかける。
 「そうなの?本当に夫婦になっちゃえばいいじゃない」
 「……勘弁して」
 香坂がため息とともにそう吐き出した。……また少し、傷つく。
 「俺だって、こんな奴、勘弁だ」
 精一杯強がって、桐島と風華ちゃんにそう言った。ちょっとだけ苦笑いをして。
 
 
 
 結局その日は、4人で帰ることになってしまった。
 4人で帰るといっても俺は家が学校の裏だから、あまり意味はないのだけど。
 
 「でも本当にびっくりした。風華と香坂が従姉妹だったなんて」
 桐島がそう切り出して、風華ちゃんの寒そうな手を見て自分の手袋を差し出した。おお、紳士じゃないか。
 「世界って狭いんだねー。私もびっくりしちゃった。風華と付き合ってる幼なじみが、まさか桐島くんだなんて」
 香坂がそう言って笑った。香坂の寒そうな手を見て俺も手袋を差し出したくなったけれど、そうすることはできない。なぜなら俺は、
香坂の恋人ではないからだ。
 桐島が好きな女の子に普通にしてあげられることを、俺はしてあげられない。
 一瞬、すごく虚しくなった。
 「でも桐島くんなら安心かな?誠実そうだもんね」
 「そんなことないんだよ姫桜ちゃんっ!響ちゃん、全然気が利かないんだから!」
 「……悪かったな」
 桐島が不満そうに言った。
 
 「でもよかったなあ。風華の幼なじみが久保じゃなくて」
 香坂が俺をちらっと横目で見る。
 「オイ、それどういう意味だ」
 「そのまんまの意味よ。もし風華の彼氏が久保だったとしたら……恐ろしいわ、うん」
 「なんだよその言い草」
 そりゃあ俺だって、風華ちゃんみたいな可愛い彼女がいたらいいだろうけどな。
 あいにく俺が好きなのは、この可愛げのないガリ勉女なわけなんですよ。
 「姫桜ちゃんひどい!久保先輩、いい人だと思うよ?モテると思うけどなあ」
 うん。やっぱり風華ちゃんって可愛い、なんてことを思う。
 「えー、久保が?!モテない……わけじゃ、ないけど」
 「なに、心当たりあんの?香坂」
 「うるさいわね!黙っててよアンタは!」
 「だって俺のことだろうが」
 そう言いながらも、あの香坂が事実を認めかけたのが嬉しい。しかも、俺に関することで。
 
 「じゃ、俺もうここで」
 俺がモテるのかモテないのかは少し気になるところだが、とりあえずここの角を曲がらなければならない。
 「あ、そうなんですか?残念」
 風華ちゃんが残念そうな顔をしたのを見て不満なのか、桐島は「おう、さっさと帰れ」と俺にやたらと冷たかった。
 「香坂、お前家遠いんだから、気をつけろよ」
 「余計なお世話」
 そう言いつつ香坂が少しだけ微笑んだのは、気のせいだったのだろうか?
 
 
 3人の後姿を見送りながら、今日はとんだサプライズデーだと思った。
 桐島の素顔とか、香坂と風華ちゃんが従姉妹だったとか、俺がモテるとか。……これはどうでもいいことか。第一、モテるとは誰も
言ってないな。
 
 香坂と風華ちゃんは本当の姉妹みたいに仲が良かった。恋愛話なんかもしているのだろうか?それならきっと、風華ちゃんは香坂の
好きな人を知っている。
 ―――馬鹿か俺。最近そのことばかり気にしているみたいだ。
 
 
 自分の恋の歯車が回り始めたことも知らず、俺はひたすら呑気だった。
 香坂のことと、受験のことと―――それだけをただ考えていたのだから。
 
 
 
 
 
 
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