#04.好きな人の好きな人
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「なあ、風華ちゃんって3年じゃねーだろ。俺、見たことねえもん」
「……」
「1年?2年?しっかし、あんな幼い顔して、岸浜南目指してんだっけ?」
「……」
「頭いいんだなあ。しかも可愛いしな。すっごいよなあ、いやあ、ほんと……」
「うるせえ!!」
桐島が机にバン!と手をついて立ち上がった。
普段はおとなしい桐島が大声を出したので、クラス中が驚いた顔で桐島に注目する。
俺も多少びっくりしたが、すぐに笑いがこみ上げてきた。
桐島は怒っているのではない。
照れているのだ。
「そんなに照れることないだろー。あんまり恥ずかしがったら風華ちゃんに失礼だぞ」
俺は大笑いしながら、桐島に言い返す。
桐島と風華ちゃんが一緒にいるところを目撃してしまった、翌日。
俺は桐島を存分にからかってやろうと思い、はりきって登校した。
「そこまでからかわれると思ってなかったんだよ」
桐島は半分怒ったような口調で言った。
「だって俺さあ、本気で驚いたんだよな。さっきも訊いたけど、風華ちゃんって年下だろ?」
「まあ、そうだけど」
「絶対に年上かと思ってたのになー。大学生の美人なおねえさんとか」
「……大学生って、お前なあ。いったいどこで知り合うんだよ」
桐島が呆れながらプッと吹き出す。
なんだかんだ言って、こいつ、彼女のこと訊かれるの嬉しかったりするのかも。
桐島は他の奴よりも大人びて見えるけど、実はそうでもないのかもしれない。
「幼なじみだっけ。風華ちゃん」
「ああ。今中2だよ。制服着てなかったら小学生に見えるけど」
桐島がすごく優しい目をして話すから、俺はなんだか居心地が悪い。
彼女の話をしてる奴って、みんなこんな顔をして話すのだろうか。
「すごい童顔だよな。やっぱり桐島ってロリコンなんじゃねーの?」
「だから違うっての!あいつ、ああ見えて中身は結構大人なんだ」
「へえー……」
「でも、たまにすっげえ子供っぽいことするんだよな。あと、背が小さいから目線が合わないし」
「……ノロケかよ、おい」
俺はこれ見よがしにため息をつきながらも、桐島の様子を微笑ましく思ってしまっていた。
好きな人と相思相愛で、いつも一緒にいることができたら、どんなに幸せか。
桐島はその幸せを知っている。
「俺なんて、振られたからなあ……」
ぽつりと、言った。
やっぱり昨日はあまりよく眠れなかったのだ。
「香坂はさ、性格キツいから。あまり気にしない方がいいと思うぞ」
桐島がなぐさめるみたいに言う。まあ、桐島は本音しか言わない人間だから、本当にそう思ってるんだろうけど。
「そうなんだろうけど……香坂、好きな奴いるらしいんだ」
「え、マジで?」
桐島が驚き顔になる。そういえば、まだ言ってなかったんだっけ。
「昨日、なんか落ち込んでたと思ったら、そういうわけか」
「岸浜南の2年だと。それ聞いて、ますます気が滅入った」
説明しながらまた気が滅入ってきた。
秀才校に通う年上の男。勝ち目がないじゃねーか。
「岸浜南の2年ねえ……。なんか意外だなあ。正直、香坂は久保のこと好きだと思ってた」
「いやいや、それはないだろ。あいつ、俺のことは嫌いだと思う。なんとなくわかるし」
ただ、香坂が俺のことをどう思っていようと、香坂と話したり、席が近くなったり、口喧嘩することでさえ―――俺にとっては嬉しい
ことなのだ。
「それって、香坂本人に聞いたんか?」
「いや、あいつの友達が。訊いてもないのに教えてきた」
「それは災難だったな」
そう言いつつも、桐島は少し笑っている。
俺にとってはなかなか重大な問題なのに。
「それさ、香坂に直接訊いてみたら?」
真顔になって、桐島が言った。
「うん、それ俺も考えてみたんだけど」
「気になることは訊いてみた方がいいって。久保と香坂、なんだかんだ言って仲いいし、今更気兼ねすることもないだろ」
“なんだかんだ言って仲いいし”という言葉に、少し嬉しくなってみたりする。
他人の目にそういう風に映っていることが、ただ素直に嬉しい。
「でも俺、昨日大嫌いって言われたし」
「香坂はいつものノリで言ったつもりでいるんだよ。だから大丈夫だと思う」
「そう……かねえ」
桐島がそう言うのだから大丈夫な気はしてくるが、やっぱりまだ心配だ。
話しかけて、無視されたりしないだろうか。
「帰りにでも訊いてみたら。なんか、俺も気になる」
「……じゃ、そうするかな」
あまり気乗りはしないが、このままうだうだと悩んでいるのも体に毒だ。
当たって砕けろ、ってことか。
とりあえず俺は、香坂に真相を訊いてみることにする。
俺が“大嫌い”という言葉を死ぬほど気にしていることも知らずに、今日も香坂は勉強していた。岸浜南に行くために。
「香坂、ちょっと訊きたいことがあんだけど」
放課後。
帰ろうとした香坂を、そっけない口調で引き止めた。
俺は、緊張していることが悟られないように、必死になる。
「……うん」
香坂はそう、素直に頷いた。
……え?
待て待て、なんでこんなにあっさりしてるんだ。
付き合いは長いが、香坂がこんなに素直なことなんて今までなかったはずだ。……数えるくらいしか。
何かあったんだろうか。
「久保、あのね……」
ぐるぐると考えていると、香坂がそう切り出した。
「なに?」
できるだけそっけなく。緊張してることがバレないように。
「ごめんね。その、昨日……言い過ぎちゃったみたい。久保、気にしてたんだよね?」
……はい?
香坂が、俺に謝ってる?
いやいやそうじゃなくて。
俺が気にしていたということを……知ってる?
「あ、えっと……桐島くんが、さっき私に言ってきたんだ。“久保、気にしてるぞ”って」
「そ、そう……」
桐島か!
あいつ、香坂に直接言いやがったな。
感謝すべき行動なんだろうけど、本人にこう言われてしまうと恥ずかしくてたまらない。
「いや、大した気にしてない。大丈夫。うん」
とりあえず嘘をつく。俺が動揺しているとは、バレていないはずだ。
そう、思ったのだが。
「嘘ね。久保、さっきから挙動不審だよ」
なんとあっさりとバレてしまっていた。
「マジで?」
「うん、マジで」
そう言って、二人同時に笑う。
いつも喧嘩してばかりだから、変な感じがする。
こうして普通に喋ってると、香坂を可愛いと思ってしまう。
本当に、このひとのことが、好きだと。
そう自覚してしまう。
「で、久保は私に何の用?」
「ああ……」
自分の気持ちを自覚した途端、現実に引き戻された。
そうか。
香坂に本当に好きな人がいるのか、確かめなければならないのか。
「……気、悪くすんなよ?」
とりあえず前置きした。
俺に恋愛について訊かれて、香坂が怒り出さないように。
「うん。何よ、あらたまって」
「香坂さあ……好きな奴とか、いたりする?」
必死に祈る。
香坂が、否定してくれるように。
「なんで―――知ってるの?」
祈りは、通じていないみたいだった。