梓くんのピアス事情
 
 
 「梓!アンタまたピアス増やしたの?!」
 俺が学校から帰ってリビングに入るなり、母さんがすごい剣幕で俺にそんなことを言ってきた。
 「は?増やしてねーし」
 「増えてるでしょうが!じゃあなによ、その左耳のヤツは!」
 母さんはずかずかと俺のほうに向かってきて、俺の左耳をビシッと指差す。
 ……ちくしょう。昨日、ピアス穴もう一つ増設したの、バレたか。それにしてもよく見てんなあ、まったく。
 「まったく、男のピアスはバカっぽいからやめなさいって、あれだけ言ってんのに……。なんで言うこと聞かないんだか、このチビは」
 母さんはそう言って、ため息をつきながら俺を見下ろす。
 「チビって言うな!……母さんがデカいんだろうが」
 俺、身長158センチ。母さん、身長165センチ。……母親よりも身長が低いとは、本当に、この上なく情けない話である。
 「だいたいねえ、アンタ何個空いてんのよ、ピアス……左が3つに、右が2つ?」
 「うっせえなあ、いいだろうが別に。光台、校則緩いんだし」
 「そういう問題じゃないでしょうが!アンタ、髪の色といいピアスの数といい、バカ丸出しだっていうの」
 母さんは呆れたように言うと、「父さんが甘やかすから、梓がこんなバカ息子になんのよ……」と呟きながら台所に戻って行った。バカ
とは何だ、バカとは。まったく、実の息子に向かって失礼な母親である。
 
 「兄貴」
 階段を上って自分の部屋に戻ろうとしたとき、弟の颯に呼び止められた。
 「なんだよ」
 「男のピアスって、女の子が嫌いらしいよー」
 颯はなぜかニヤニヤしている。……こいつ、俺と母さんの話、盗み聞きしてたのか。
 「別にどうでもいいだろ!」
 「あんまりピアスすると、まどかちゃんに嫌われるよ」
 「うるせえ!」
 この間の日曜にまどかちゃんをうちに招待してからというもの、颯はずっとこんな調子だった。まどかちゃんが予想外に可愛すぎることに
衝撃を受けたのか、そんな可愛すぎるまどかちゃんが俺と付き合っていることに衝撃を受けたのか……その辺はよくわからないが。
 「いや、マジだって。兄貴のピアスの数、男にしては多いし」
 「……」
 「女の子、男のピアスって大っ嫌いだからねー。ま、まどかちゃんに嫌われないようにがんばってね」
 そう言って、颯は自分の部屋に戻った。なんだか最近生意気である。しかも、颯は俺と違って身長が高いので、見下ろされる感じになるのが
たまらなく許せない。
 「……まどかちゃん、別に俺のピアスについて、なんも言ってねーもん」
 俺は一人ごちて、とぼとぼと部屋に戻る。確かに今日、瑛治にも「うわ、おまえ、また空けたの?」って渋い顔されたけどさ……。
 
 部屋に戻り、鏡を覗き込む。シンプルで小さな銀色のピアスが両耳に2つずつ、昨日空けた新しい左耳の穴には、銀色のリングピアス。
俺はこう見えて、ピアスはシンプルなものしかつけない。だからそんなに派手でもないし、バカ丸出しでもない……と、思うんだけど……な。
 ……いや、どうだろう。そう思っているのは俺だけで、母さんや颯だけではなく、まどかちゃんや瑛治、姫桜ちゃんまで、バカ丸出しだって
思ってたりして。
 「……夏休み目前だからって、調子こいて増やしたのに」
 左耳をいじりながら、ため息をつく。あんまり空けたら、まどかちゃんに嫌われっかなあ。マジで……。
 
 
 「え、ピアス?」
 「うん……その、もし嫌だったら、正直に、言ってほしいんだけど……」
 次の日曜日、俺とまどかちゃんは、映画を見たあと、岸浜駅の駅ビルに入っているカフェで遅めの昼食をとっていた。
 「どうしたの?急に」
 「いや、その……なんとなく」
 俺は悩んだ挙句、やはりまどかちゃんに直接聞いてみるのが一番だと判断したのである。もしまどかちゃんが嫌だと言えば、ピアス穴なんて
潔く塞いでやる。……少し、残念ではあるけれど。
 「うーん……」
 食べかけのドーナツをお皿に置いて、まどかちゃんは俯いてしまった。ああ、やっぱり嫌だったんだ。今まで言えなかったんだな、まどか
ちゃん。なんだか申し訳ない気持ちになって、アイスコーヒーをストローで啜りながら、俺まで俯いてしまう。
 
 「……その、いままで、ずっと言えなかったんだけど」 
 ほら来た。いままでピアスかっこいいと思っていた俺、バカじゃねえか。かっこいいと思っていたのは自分だけだったのかよ。そんなことを
考え、柄にもなく泣きたい気持ちになる。
 「梓くん、ピアス……その、似合う、よね」
 まどかちゃんがおずおずと言う。予想もしていなかった言葉に、俺は思わず「へ?」と間抜けな声を出してしまう。
 「その……してるピアスのデザインもかっこいいし、すっごく、似合ってると思うよ?恥ずかしくて、いままでなかなか言えなくって」
 そう言ってまどかちゃんが、はにかんで笑う。もうまどかちゃんと付き合い始めて何ヶ月も経つというのに、不覚にもドキッとしてしまう。
ほんと……可愛すぎるんだよな、まどかちゃん。
 それにしても―――まどかちゃん、俺のピアスについて、こんなふうに思ってくれていたのか?
 「……ホント?無理しないでも、いいよ」
 「無理なんてしてないよ!髪の色もピアスも、梓くんらしくて、私は好きだよ」
 ―――梓くんらしくて、私は好きだよ。
 その言葉が、じんわりと胸に染み渡っていく。ああ俺、生きててよかった。マジで。本当に。まどかちゃんに、こんなふうに言ってもらえる
日が来るなんて。
 まどかちゃんは「ご、ごめんね。こんなこと言って」と、また恥ずかしそうに俯いてしまう。俺はというと、嬉しすぎて、「い、いや。
そんな……」と、口をパクパクさせることしかできない。
 
 ―――とにもかくにも、俺の愛しのまどかちゃんは、ピアスオッケーってことで、いいんだよな?
 よし。これでもう、母さんにも颯にも、なにも言わせないぞ。うん。
 俺はまどかちゃんに見えないように、小さくガッツポーズをする。そして、まだ照れて俯いているまどかちゃんに「次、どこ行く?」と、
ニヤけてしまうのを懸命に抑えながら訊いた。
 
 
 
 
 
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