6.美し君に恋をする
  ――連載「君の瞳に完敗。」アナザーストーリー――
 
 
 「梓、お前、もう見に行った?」
 「なにがだよ」
 「7組に来た転校生。すんげえ可愛いの」
 同じクラスのやつがえらく興奮しながら俺にそんなことを話してきたのは、中学2年の秋だった。
 「ふーん」
 俺はそのころ、絶対いけると踏んでいた女の子に失恋した直後だったので、もう女ネタは当分どうでもいいという気持ちだった。むし
ろ、女の話なんか出すな!というのが本音であった。
 「なに梓、お前、可愛い子好きじゃなかったっけ」
 「いまはいいの。……恋愛は当分いい」
 まったく、いま思えば中学生の分際でなにを偉そうに、と思うが、そのときの俺は真面目にショックを受けていた。
 「じゃあ、見るだけ見に行こうぜ。ホント、可愛いらしいから」
 「……わかったわかった。行けばいーんだろ」
 そいつはどうやら、その転校生を俺と一緒に見に行きたかったらしい。俺は5組だったので、7組は割と近い。距離がないからめんど
くさいわけでもないし、断っても聞かなさそうなので、大人しくついていくことにした。
 
 「あ、あれだ。あの髪ちょっと茶色い子」
  「ふーん」
 遠目から見ても特徴のある女の子だった。生まれつき色素が薄いという髪は綺麗な茶色で、ふわふわしていた。まるで綿菓子みたいだ、
というのが第一印象。
 それに肌が透き通るように白い。すごくきれいな子だというのはすぐにわかった。
 「うわー、やっべ、すっげえ可愛い!噂になるわけだな、あれは」
 「だなー……」
 すっげえ可愛いとは思った。俺の好みでもあった。男子が描く理想の女の子像、それをまさに具体化したような容姿だったからだ。
 その転校生が、俺がのちに本気で好きになった椎名まどかちゃんであったのだが、このときはなぜか、彼女を好きになるとはまったく思
っていなかった。
 失恋のショックを引きずっていたためか、可愛い転校生が来たことくらいでは、そのときの俺の気持ちは晴れなかったのだろう。
 だから、俺がまどかちゃんに恋をするのは、もうすこし先の話である。
 
 
 
 
 「……梓くん?」
 「……あっ!ご、ごめん……寝てた……」
 飛び起きると、そこはがらんとしたいつもの教室だった。目の前にはまどかちゃんがいる。
 今の、なんだ?夢?
 「もう、せっかく教えてあげてるのに」
 「ごめん。昨日、寝不足でさ」
 まどかちゃんがせっかく勉強を教えてくれてるというのに、まったく俺は、なんという不真面目なヤツだ。
 「じゃ、もう一回ここからね?ちょっとは理解できてる?」
 まだ夢と現実の狭間を彷徨いながら、俺はとりあえず頷いておいた。まどかちゃんが満足そうな顔をして、次の問題の解説を始める。
 
 
 
 ここで話は、一気に中学3年の春へと移る。
 俺の中学では1年ごとにクラス替えがあったので、3年なのにまた新しい環境に馴染んでいかなければならなかった。幸い、俺は友達
が多いほうだったので、さほど困りはしなかったが。
 「おー、梓!同じクラスじゃん」
 「あ、久しぶりー。お前、何組だったのよ?」
 「1組。梓、5組だっけ?遠いから会わなかったよな」
 教室に入ると、小学校のころ一番仲の良かった遠藤がいた。どうやら同じクラスになったらしい。ラッキーだ。
 「いちいちクラス替えって、めんどくせーよな。そういや修学旅行って、今月中にあるって」
 「マジ?」
 クラスに馴染まないうちに修学旅行か。しかも4月中にあるって、早くねえか?
 
 小学校一緒だったあいつはどうなったとか、修学旅行の話とか、もともと仲が良かったためかすぐに話が弾んだ。
 中学最後のクラス、楽しくなりそうだな。実際すごく楽しかったわけだが、それは友達のおかげだけではなかった。
 「……あれ、椎名さん、同じクラス?」
 俺たちが話をしている途中に、遠藤が教室に入ってきたまどかちゃんを見て、そう呟いた。
 「ああ、噂の」
 「ラッキーだな。一年中目の保養できるぜ」
 まどかちゃんは、俺の席の隣だった。しばらくはこのままの席だから、毎日まどかちゃんが隣にいるのかと思うと、どきまぎして仕方な
かったのを覚えている。
 久しぶりに見た彼女は、以前に見たときよりも可愛くなっていた。そのとき教室にいた男子が全員振り向いてなにやら喋りながら見てい
たくらいだ。まどかちゃんは相当人気があった。
 「高槻くん?隣だから、よろしくね」
 「あ、うん」
 俺が席に着くと、まどかちゃんがにこやかに話しかけてきた。声も笑顔も最高に可愛い。やっぱ俺ってラッキーかも。
 まどかちゃんは可愛いだけでなく性格も良かった。意外とサバサバしていて話しやすく、それでいて気取らない。モテるのも頷ける女の
子だった。
 そのあとはしばらくまどかちゃんの隣だったので、クラス中の男子に羨ましがられた。そんなことをしているうちにまどかちゃんと仲良
くなって、恋に落ちてしまった、というわけだ。
 
 
 
 「もう、梓くんてば!ボーっとしないで!」
 「あ?あ、ああ……」
 「また数学追試になっちゃうよ?」
 まどかちゃん、怒った顔も可愛いなあ。そんな不謹慎なことを考えていると、自然とニヤけてきてしまう。
 「……どうして笑ってるの?」
 「俺、いま、思い出してたんだ」
 俺の言葉に、まどかちゃんは方程式を解く手を止めた。わけがわかんないという顔。
 「なにを?」
 「まどかちゃんと初めて話したときのこと」
 そして、君を好きになったときのこと。心の中でひっそりと付け加える。
 「……もう、いま、勉強中なのに」
 まどかちゃんはそう言いつつも笑っていた。綿菓子のような髪が揺れる。昔も今も、やっぱりまどかちゃんは変わらず可愛い。
 「急に思い出しちゃってさ」
 「今日の帰り、中学のときの話でもしよっか」
 そしてまどかちゃんは「今日、家まで送ってくれる?」と不安そうに続けた。まどかちゃんにこんな顔されてこんなこと訊かれて、断れ
る男がいたら見てみたいものだ。
 「もちろん」
 俺は笑ってそう答えた。そうとなれば、数学も頑張れるぞ、なんて思えてくる。俺ってホント、単純なヤツだ。
 
 
 
 まどかちゃんと出会って1年ちょっと。進展してんだかしてないんだかよくわからないけど、こうして二人で一緒に勉強ができる関係に
なったのは、進展している証だろう。
 俺はこれからもまどかちゃんに恋をする。可愛い君に、素敵な君に、恋をする。
 振り向かせてやるからな、なんて強気なことは言えないけど。
 とりあえず俺は、今日も、美し君に恋をしています。
 
 
 
 

 

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